東京高等裁判所 昭和29年(う)1540号 判決
被告人 増田昇 外
〔抄 録〕
弁護人の論旨第一点について。
原判決が、その理由中、罪となるべき事実の第一、及び第二、の(一)として、
「第一、被告人増田昇および同中井博は、共謀の上、昭和二十五年十二月十六日頃、横須賀市若松町三丁目一四番地「満利家」喫茶店こと浦野忠義方において、前記鈴木建設株式会社取締役鈴木三郎から、同会社が将来被告人中井博が施行する各種電気通信工事を担当するに当つては、これらの工事を「きりなげ(切投)」工事として請負わせてもらいたい趣旨、ならびに工事の監督や代金の支払等についても便宜な取扱をしてもらいたい趣旨で交付されるものであるという事情を知りながら、現金十六万八千円を貸借名義のもとに受領して財産上の利益を得て、これにより被告人中井博の職務に関して収賄し、
第二、被告人中井博は、
(一)、昭和二十六年十月十日頃、東京都渋谷区代々木栄町一六三八番地所在の前記会社東京出張所において、被告人鈴木一西から、前記(第一)と同様趣旨で交付されるものであるという事情を知りながら、現金十万円を貸借名義のもとに受領して財産上の利得をして、これにより自己の職務に関して収賄し、」
との事実を認定判示していることは、所論のとおりである。
そこで、右原判示第一の「現金十六万八千円を貸借名義のもとに受領して財産上の利益を得て」及び同第二の(一)の「現金十万円を貸借名義のもとに受領して財産上の利得をして」とある部分が、いかなる趣旨であるかを検討してみるに、若し、右現金を貸借名義のもとに受領したということが、実際は貸借ではないが、貸借に名を藉りて現金を収受したもの、換言すれば、表面は貸借を装つては居るものの、実際は、現金その物の供与を受けた趣旨であるとすれば、その次の「財産上の利益を得て」「財産上の利得をして」という文言を何のために附加したのかを解するに苦しむばかりでなく、その収受した賄賂につき、没収又は追徴の言渡をしなければならない筋合であるのに、原判決は何らこの点に触れていないのである。又、若し、右は現金の供与を受けた意味ではなくて、前示各金員を借り受けたものであつて、その貸借による利益(金融の利益)を受けたことが収賄となるという趣旨であるとすれば、その次の「財産上の利益を得て」「財産上の利得をして」なる文言の意味はこれを解することができるけれども、それならば今度は「貸借名義のもとに」という言葉を冠した理由が全く不明となる(けだし「貸借名義のもとに」という言葉は通常真実の貸借の場合には使われずに、実際は貸借ではないけれども、表面は貸借を装い、貸借に名を籍りて、貸借でない行為をするような場合に用いられるを例とするからである)ばかりでなく、一定金額の現金その物の供与を受けた場合と、その同一金額の現金を借り受けた場合とでは、等しく財産上の利益であつても、その利益の範囲、程度に差異のあるべきことは、論を待たないところであるから、若し、原判示第一及び第二の(一)の事実が、いずれも現金の供与を受けた趣旨ではなくて、十六万八千円及び十万円の各現金を借り受けて、その金融の利益を得た趣旨を認定したものとすれば、その貸借による利益の範囲、程度等をできるだけ明らかにするために、その元金額ばかりでなく利息、弁済期、担保の有無等につき貸借の内容をもできるだけ具体的に判示することを要するものと解されるにもかかわらず、原判決においては、前示のように、単に、「貸借名義のもとに受領し」と判示しているだけであつて、その貸借の内容を具体的に判示していないのである。この点につき、本件起訴状においては、「貸借名下に交付を受けて」の前に「利息の定めなく」なる文言を附加してあつて、貸借であるとの趣旨をやや表現しているかのようにみられるのであるが、原判決においては、この点を除いてしまつて、前示のような簡単な表現に改めているのである。以上のような次第であつて、原判決の認定にかかる原判示第一及び第二の(一)の各収賄の事実は、いずれも、各判示金額の現金その物の供与を受けた趣旨であるか、又は、該金額の現金を借用し、その貸借による金融の利益を得た趣旨であるかが、原判決の判文自体によつては、全く不明であるといわなければならない。しかして、いやしくも、普通人の需要若しくは慾望を満すに足る有形、無形の一切の利益は、賄賂たるの適性を有するものではあるが、収賄又は贈賄の事実を判示するには、賄賂として授受された利益の内容を特定し得る程度に、具体的に判示することを要するものと解されるところ、原判決においては、所論にかかる原判示第一及び第二の(一)の各収賄の犯罪事実につき、前示のように、その賄賂の内容を特定し得る程度に、具体的に判示しているものとは到底認められないのであるから原判決には、この点につき理由不備の違法があるものというべく、従つて原判決中被告人中井博に関する部分は、この点において到底破棄を免れないものであつて、論旨は結局理由がある。
しかして、原判示第一の事実は、被告人中井博と相被告人増田昇との共謀による共同正犯である旨認定されているものであるところ、右増田被告人も、原判決に対して控訴の申立をしているのであつて、同被告人の弁護人五井節蔵の控訴趣意中には右の点に関する論旨を包含していないけれども、前示破棄の理由は、共同被告人たる同被告人にも共通であると認められるので、刑事訴訟法第四百一条の規定により、原判決中被告人増田昇に関する部分もまた破棄すべきものである。